レポート

参加者レポート < ラオス >

那覇西高校3年金城伶奈の大発明!これが幸せになるプロセス!

投稿者: oicYOUTHs 管理者

「幸せとは?」

沖縄県立那覇西高等学校 3年 金城 伶奈

 

経済的な豊かさは幸福につながるのだろうか。日本の生活はとても便利で経済的に豊かだ。食事は好きなものが好きなだけ食べられる、毎日温かいお風呂にはいれる、トイレが自動で流れる、欲しいもの買える、学校に行ける。一方で、英会話教室の先生がこんなことを言っていた。「日本人は毎日疲れているみたいだよ」私にとって幸せとは何だろう?そう問いながら、私は11日間のラオス研修に参加した。

 私が一番印象に残っている体験はホームステイだ。決して経済的に豊かな国とは言えない村には、お金より大事だと感じた、コミュニティがあるひと昔前の沖縄に似ていて、村全体が一つの家族のようで助け合っている。私は村の人たちと言葉は通じないが、ボディランゲージを使って会話をした。その時初めて心と心で会話をすることの意味がわかった気がした。メディアが伝える途上国のイメ-ジは貧しくて、かわいそうなどの印象を与えるものが多いが現地に行ってその考えは覆された。経済的には豊かではないラオスだが、一番大切な人の心の暖かさがある。嘘も偽りもない素直な笑顔で私たちの心を暖めてくれる。子ども達と日本のおもちゃで遊ぶと、どこの誰が使っても必ず綺麗に袋にしまい、ありがとうといって返してくれる。私たちの住む場所では大概、人づてに貸した物はどこかに消えて帰ってこない。ラオスの子ども達にとても感動した瞬間だった。そして大人は一つ屋根の下に集まり、たわいもない会話をしながら、のんびりと民芸品を作る。きっとここには他人なんて言葉はない。外国から来た私たちを心から歓迎し、家族のように接して笑顔と愛で溢れたこの村、この国の人たちは毎日が幸せだと感じた。しかし、村とは離れた首都にある、日本企業の工場を訪れるとラオスの別の現実を目の当たりにした。そこにはロボットのように働く私と同年代の人たちの姿があった。彼女たちはやりがいを感じて働いているのか。この時私は、私たちの教室に似ているような気がした。私は働き方、生き方の対極を見たのだと思う。英会話の先生が言う、様々なストレスを抱えやりがいを感じずに働くこと、自分がやりたいことでやりがいを感じながら働くことの対極だ。今までは流されて何の疑問も持たず目の前のことにただ取り組んでいた毎日だった。しかしラオスに行くことで私の本当にやりたいことは何か、幸せとはなにかに気づいた。自分は今幸せなのか?自分は今何をしているのか?その問いを自分自身に問い続けることが大事なんだと思う。

 ラオスに行ってから私の行動は変わった。いつも使う物、食べている物の先にいる人の気持ちを考え大切にするようになった。“お金を払っているからwin-winじゃん”という考えは絶対にもう出てこない。現実を知り、働き方や生き方を考えると同時に、“物の価値”を考えさせられた。見えない部分への感謝の気持ちを忘れないことを。村の現状も、工場の現状もすべてリアルだ。そして実際に見ることで、自分のものさしだけで物事を見ていた自分に気づけた。

your smile it makes me smile 幸せになってみ”と現地ガイドのかいさんが私に言う。「誰に何を言われても、自分のしたいことをしている、だから私は今、幸せですよ。」そう言っていた。だから私は今日も今自分は幸せか?今自分は何をしているんだろうか?問い続ける。それが幸せになるプロセスであるのだと思う。世界の幸せのために私たちが出来ることは、まず自分が幸せだと感じて過ごすことではないだろうか。日常に流されず、自分の考え、気持ちを大切にして自分らしく生きていきたい。

納得!コザ高校2年大城梨沙子が聞いた「日本にあってラオスにないもの、ラオスにあって日本にないもの」

投稿者: oicYOUTHs 管理者

「異文化と共に」

沖縄県立コザ高等学校 2年 大城梨紗子

 

私はこの夏、県が実施する高校生を対象とする海外研修プロジェクトで11日間ラオスを訪問した。

 

 「日本は先進国であるから教える側、ラオスは途上国であるから教えを乞う側」ラオスに行く前の私は、漠然とこのような考えを持っていた。そんな中ラオス研修に参加し、初日にJICAボランティア活動の見学で、ある群病院を訪れた。そこで助産師として活動している大竹隊員から話を伺った。彼女は、「日本にあってラオスにないものは技術。ラオスにあって日本にないものはコミュニティや家族の連携」だと仰った。その時点でこの言葉はあまりピンとこなかったが、次の日に総合病院を訪問して私は納得した。

 

その総合病院に足を踏み入れて、初めに感じたことは院内がにぎやかであることだった。院内スタッフの方は、「患者に付き添う家族が多いから。患者に家族が心から寄り添い、献身的に治療を見守ることができる。患者やその家族との間で会話が生まれ、コミュニティとなり、情報交換や励まし会うことができる。そして、院内が明るくなり治療に前向きになることができる。」と教えてくれた。ここが日本とラオスの違いで、前日の大竹隊員の話ともぴったり重なった。

 

確かに日本の病院の待合室は静かで、患者には個人としての区切りがあり、そこにコミュニティは存在しない。だが、医療技術は世界の中でも優れていて、救える命も多い。一方、ラオスでは医療技術の改善が望まれていて、機材の導入もまだ十分でない。しかし病院内に独特のコミュニティが存在し、人と人との強いつながりが大事にされている。病院の待合室というほんの小さな空間だけで、文化や慣習の違いを感じ、私は驚いた。と同時に異文化を理解し、どのように行動に移すかという国際協力をする上で重要視される本質を目にすることができた。

 

 他にも、JICANGOの現場・ラオスに進出している日系企業を訪問し、そこで活動する日本人の方にインタビューをすることができた。それを通して、支援をする日本が上の立場ではない。支援をする国とされる国とが対等の立ち位置にいて、お互いに教え合うことで国際協力が始まる。支援する国の一方的な押し付けは国際協力ではない。ということを学んだ。このことをこれから先も忘れてはいけないと思った。

 

 この研修に参加する前、私は将来やりたいことや就きたい職業が決まっていなかった。それは、世の中にどのような働き方があるのか、社会に貢献する方法を少ししか知らなかったからだと思う。実際に途上国で活躍している日本人に出会って、今まで私が知らなかったような世界を知ることができた。そこで強い憧れや、尊敬、自分の心が震えるのを感じた。だから私も将来、世界で活躍できる青年海外協力隊やシニア海外ボランティアに挑戦したいと思う。国や地域によって異なる文化も尊重しながら、お互いに教え合える国際社会を目指して。    

「笑顔が絶えない子供たち、あっと息を飲む美しいメコン川」前原高校3年仲村紺那の変化

投稿者: oicYOUTHs 管理者

「無関心から興味へ」

沖縄県立前原高等学校  3年 仲村紺那

 

笑顔が絶えない子供たち、あっと息を飲む美しさのメコン川。人が温かく、家族のつながりを大切にする、とても居心地の良い国だった。今でも鮮明に思い出せるほど、印象深く、衝撃を受けた。あの時全然知らなかった場所に、少しの興味で私は変わった。

 

私はこの夏、おきなわ国際人材育成事業レポーターとして、東南アジアにあるラオスに派遣された。この事業では、途上国に実際に足を運び、日本が行っている国際協力の現場を視察した。知人が去年この事業に参加したことを知って、興味を持った。私がラオスについて知っていること、それは何もなかった。この事業に参加するまでは、何も知らない、初めて名前を聞いた、というのが私の現状だった。参加が決まってからは、ラオスのことをもっと知ろうと、インターネットや本を読み、沢山の情報を得た。ラオスは、東南アジアの中でも最貧国で、いわゆる発展途上国だ。私がラオスについて知識がないように、日本の中でも、ラオスについて多くのことを知っている人はあまりいないだろう。日本での知名度は低く、耳にする機会はほとんどない。しかし、ラオスではその逆だ。ラオスにとって日本は、最大の援助国であり、日本の援助で作られた建物も多い。私たちが知らないだけであり、本当は多くの援助をしていたことに驚かされた。

 

実際に現地を訪れてみて、気づき感じ、学んだことがあった。それは、現地の病院を訪問したときだった。その病院は、2001年から現在まで、日本に支援をしてもらっている。そのおかげで、難しい症例をこなせたり、新しい病棟を立てたりすることができたそうだ。だが、まだ問題は解決していなかった。ラオスの医師や看護師は、学校を卒業すれば、その職につけるそうだ。国家資格の制度がないため、沢山の人材がいるが、その分質がよくないのだ。この現状を聞き、こんなにも知らなかったことが多かったのかと、ラオスについての知識の無さを感じた。私たちが住んでいる日本は、先進国と呼ばれている。その技術の高さを生かし、多くの人にラオスに行ってもらい、途上国の医療に貢献してほしいと感じた。また、国際協力という目で見てみると、新たな問題があると気づいた。日本がラオスに対して、様々な援助をしている事はとても良いことだと思う。だが時には、国際協力は、固定観念を相手国に押し付けてしまうこともある。実際に病院を視察してみて、現地にとっては当たり前のことを、私たち日本とは違うからという理由で、改善したほうがいいと思ってしまった。それは、相手国の文化・風習を知らなかったために起こったことだと思う。途上国であるラオスにとっては、日本からの支援が必要だ。だから、知らないで終わるのではなく、少しでも良いから興味を持ち、協力したいと思ってほしいと感じた。

 

多くの視察先を訪問してみて、無関心は国際協力にとって、一番恐ろしいことだと思った。この事業に参加する前や、現地に行っている間も知らないことのほうが多かった。今このように、支援を必要としている国に援助をするという関係が成り立っているのは、相手のことを理解し、尊重し合っているからだと思う。私が今皆さんに伝えたいことは、無関心から興味をもつことで、どこかの国の手助けができたり、将来を大きく変えられたりする、ということ。ラオスという国の名前さえも知らなかった私が、将来ラオスで国際協力をしたいと思えたのは、無関心からの興味だった。

 

 

気づいた!国際協力の成り立ち!以前から物資支援をしていた、具志川商業高校3年後藤優瞳がラオスを訪れて。

投稿者: oicYOUTHs 管理者

「発展途上国であるラオスの現状」

沖縄県立具志川商業高等学校 3年 後藤優瞳

 

 私は、この事業に参加する前に、学校の授業でラオスに筆記用具を寄付したことで国際交流をしていました。それをきっかけに私が発展途上国のラオスのためにできることは何だろうと考えました。実際に自分の目でラオスの現状を見て、高校生である私がしてあげられること、私が将来ラオスのためにできることを見つけたいと思い今回の事業に参加しました。

ラオスでは、実際に自分の目で発展途上国の医療や障害者支援・就労支援などを見ることができました。

医療の面では地域の小さな郡病院と総合病院を視察しました。ラオスでは新生児や妊婦の死亡率が高く、感染症での死亡率は減ったが感染病にかかる人は減らないという現状があります。その原因の一つは、郡病院では手術が行えず救急車はあるのですが、患者さんがお金を払わないと使用することができないということです。ヴィエンチャンから離れれば離れるほど交通の問題があり、アクセスが悪くて病院に通いたくても通えないという現状があることがわかりました。原因の二つ目は、医者や看護師の数が足りていても、質がまだ高くないことです。その原因を改善するために医療に関しての知識を向上の勉強会を実施していました。そのほかにも改善すべき点があります。総合病院などの大きな病院では、使用済みのごみなどは業者に回収してもらい処理するようになっていました。しかし地域の郡病院では、胎盤や使用済みのごみ処理にお金がかかるために土に埋めて処理している病院もあります。この様なごみの処理の仕方では感染症の問題にかかわると思います、ごみ処理の仕方も早急な支援を行い改善すべき問題なのだと訪問をしたことで実感しました。

 福祉の面では、ラオスには障害者に対する偏見があり、まだまだ障害者という人を理解できでない人が多いため、障害者のための施設や雇用先などの場の環境が整っていない現状があります。

 

ラオスには政府の運営する障害者就労支援施設がたったの1つしかなくて、障害者施設もセンター1か所のみです。

 

そのセンターは月55万キープもするためラオスの方々の生活で払えるような金額ではありませんでした。今回障害者就労支援施設に訪問することができ、そこで働いている障害者の方と話す機会があったのですが、「実際に障害者の家に籠るより職場に来て、仕事をするほうが楽しい」という話を聞けました。その時に私は、「障害者に対しての偏見があることは、ラオスだけではなく日本でもまだ理解されていない理解できていない人も結構いるな」と思い、もっと障害者の方々が楽しめる場ややりがいを感じる場づくりをもっとしてあげないといけないと感じました。

 今回の事業を通して、国際協力は一方通行ではなく、支援している国が自立できるために支援する側もされる側も理解し合わないと成り立たないものだと感じました。また、すべてを支援するという形ではなく、支援することで、支援が終わった後もこの国の人たちだけでできるようなしっかり自立のできる支援が必要ということが沢山の視察先を訪問し気づくことができました。

 これから私ができることは、もっと国際協力についての知識を増やし発展途上国に必要な直接的な支援、間接的な支援方法をもっと多くの人に広めていきたいと思います。


ラオスの人はなんだかウチナーンチュに似ているな。向陽高校1年金城敬子が感じた親近感

投稿者: oicYOUTHs 管理者

「いつかできる事は今日もできる」

 沖縄県立向陽高等学校1年 金城敬子

 ラオスはアジアの中でも最貧国と言われている国なので人々は生きていくだけで精一杯というイメージでした。しかし実際に行ってみると、人々はみんな優しく笑顔で我々と接してくれ、ウチナーンチュに似ているなと親近感が湧きました。私は国際協力レポーターとして現地で体験したことや感じたことを三つ伝えたいと思います。

 まず一つ目は研修1日目に訪れたパークグム軍病院でのことです。青年海外協力隊の大竹隊員が活動内容や今の医療の現状を説明してくれている時、ふとゴミはどこに捨てているのかと疑問に思ったので聞いてみました。そうすると大竹さんが「ゴミ処理施設がなく注射の針や胎盤は土の中に埋めている、近くを掘ったら出てくる」と言っていてとてもびっくりし口が閉じなかったことを鮮明に覚えています。そこで私が思ったのは、支援は病院や学校を建てて終わりではなく、それらの施設を使用していく上で排出されるゴミの処理や衛生指導までしっかり教えてあげないといけないのだということです。建てて終わりではなく、そのせいで起こる悪影響なども考えなければいけないのだと気付いたのです。

 二つ目は小学校で歯磨き指導をした時のことです。教えるにあたって言葉が通じなければなりません。ラオ語が話せない私はジェスチャーで表したり、英語を使ってみたりと試行錯誤を繰り返しながら伝えようと頑張りました。しかし、ラオスでは英語教育をはじめとする様々な教育がまだ十分に行えていません。そのため私は英語や中国語、日本語のどれも通じないという状況に初めて遇い、私は戸惑いを隠せませんでした。行く前まではジェスチャーを使えばなんでも伝わると思っていましたがそう簡単ではありませんでした。相手がまだ子供だったこともありこっちを見てくれず困ったこともありました。基本的な会話は勉強していくべきだと思いました。

 三つ目は乗務員のサービスの質向上を目指し指導しているJICAプロジェクトのITTECバス公社訪問です。私たちは空港からバスターミナルまでこのバスを利用しましたが日本のバスに乗っているかのように乗務員さんも笑顔で車内は静かで座席も綺麗でエアコンも効いていて乗り心地が良かったです。支援をする前までは、バスの時刻表がない、バス停もない、降りたいところで降り、乗りたいところで乗れるスタイルでした。それが支援後は時刻表を作成し、バス停も作り、乗務員は英語研修をしたり、勤務前にアルコールチェックや業務中の制服着用などのルールが作られたりしました。今のサービスがあるのも住民の理解があるからだと思います。これらからルールを作ってもバスを利用するのは住民ですから住民が守らないと成り立たないので国際協力は双方の理解と協力が必要だと感じました。

 最後にこれらの研修を通して今まで国際協力とは青年海外協力隊や特別な資格を持っている人しかできないと思っていましたが、これら以外にも民間企業に入社してからもできますし、NGOとしてでも力になれることがわかりました。また発展の妨げの原因になっているものだけを解決しても根本的には解決できないと言うことです。例えば乳児死亡率の改善を支援していて医療技術や整備を整えてもインフラ整備や環境、貧困、風習など一つの問題にいろいろなことが絡まり合って起っていると知りました。私は訪問先に行くたびに何かできることはないかと考えましたがゴミ処理場を建設するにしても、道路を整備するにしても、やはり一番必要なのはお金なのだと感じました。これを踏まえて今回ダムの決壊のため行けなくなったアッタプー県のことも含め募金などの行動を起こし、微力ではありますが力になれたらと思いました。まだラオスのことを知らない日本人が多いと思うので、私の経験や優しくて穏やかな人がたくさんいることを多くの人々に伝えて一人でも多く国際協力に興味を持ってもらいたいと思っています。

 

 

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